美容師のAさんから「給与を減額してその分を賞与にして支払う。結局手取りは同じだから。」との約束を社長としたけど、賞与が支払われないと相談を受けました。早速、Aさんに雇用契約書を見せてもらいました。新旧雇用契約書を比較したところ、給与の額は5万円ほど下がっており、新しい雇用契約書には「賞与は業績によって支払う場合がある」と記載されていました。これだと業績如何で賞与が支払われなくても文句が言えません。明らかにおかしく、一方的な不利益変更です。また、会社が騙したのであれば錯誤無効の可能性もあります。この他にも名ばかり管理職であることが判明しました。Aさんの役職は店長ですが、採用・解雇など経営に関する権限はありません。遅刻早退をするとその時間分の給与を引かれるので勤務時間に関する裁量権もありません。よって、労働基準法で定める「管理監督者」に該当せず、残業代が発生することになります。Aさんの場合は、始業時間前1時間の掃除と朝礼は義務、週3回の終業時間後の研修も出欠があり、休む時には事前連絡が必須なので、これは労働時間に該当すると判断しました。
Aさんと相談し、①残業時間は自分の修行と納得しているから問題にしたくない ②これまで下がった分の給与を支払って貰いたい ③今後の給与額を元に戻して欲しい ことを社長とミーティングして了承してもらおうと言う事になりました。

Aさんと社長のミーティングに私も同席すると、そこには美容師業界専門の経営コンサルティング会社のコンサルタントの方がいました。Aさんが給与額を戻して欲しい、そしてこれ迄の差額分を払って欲しい旨を社長に言ったところ、社長に代わってコンサルタントの方が「それは出来ない。一度契約したのだから。」と全く聞く耳を持ちません。事前に打ち合わせした通りにAさんが「この給与カットはそもそも賞与で支払われるということ、支払いのタイミングが代わるだけということで理解していました。給与を減額されて支給されない可能性があることには同意していません。もし支払って頂けないようであれば、労働基準監督署に申告します。」と言い、重ねて私が「労働基準監督署の検査が入ると、名ばかり管理職の問題とか他にも問題が出てくるのではないですか?そうなると大変ですよ。長期間に渡ると会社の経営にも何かと影響出るのではないでしょうか。」と加えました。コンサルタントの方は自分の手には負えないと考え、持ち帰って検討する言い、ミーティングは終了となりました。後日、社長はAさんに差額分を払いましたが、暫くしてAさんは社長のやり方に嫌気がさし、転職することになりました。

社長は労務管理を経営コンサルティング会社に任せていたようです。多分、この経営コンサルティング会社は違法なことをしているという認識があるので、突っ込まれたら、先ずは否定して、相手が知ってそうであれば対応しようという確信犯です。また、始業前の掃除や朝礼の強制、休憩を与えない、終業時間後の研修の強要など美容師業界の習慣をそのまま適用しているようでした。確かに、美容師業界は朝礼、研修が多く、その時間に対して残業代が支払われない話は良く聞くところです。「残業代を払って研修を受けさせるのか」と言う美容室経営者の方もいると思いますが、所属美容師の技術力を上げることは美容室の差別化要因であり、売上向上のキモです。その為に賃金を支払わず半強制的な研修をさせるのは労務管理上、間違っていると言わざるを得ません。もし、研修が必要な場合は、強制ではなく、美容師の自発的な練習を支援するように制度を改善すべきです。朝礼など明らかな労働時間には、賃金は支払わなければなりません。これ迄の習慣を正として考えると、近年の労働法令遵守の風潮の中ではビジネスが立ち行かなくなるのではないでしょうか。

余談ですが、名ばかり管理職による未払い残業代に関しては労働基準監督署の管轄ですが、今回の一方的な賃金カットは事前に契約書としてAさんに提示されていたので、賃金未払いに該当せず、労働基準監督署が介入出来ないと思います。もし、C社のコンサルタントの方がこのことを知っていた場合は、別の対応をする予定でした。